コーチングにはいくつかの「普遍的」なスキルや特徴がありますが、コーチング資格が重視しはじめてからコーチングが商品化したとも言われています。確かに勉強会や学会ではマニュアルどおりにコーチングしか行っていないコーチがたまにいますが、ほとんどのコーチには独自の信念やコーチング哲学が存在します。クライアントの立場から見れば、コーチの「哲学」を知ることによって、コーチが自分に合うか合わないかを判断することができると思います。 しかし、自分のコーチングに対する信念、想いや哲学をクライアントにわかりやすく説明するのは非常に困難です。ですから私は自分の哲学を説明するだけではなく、どのようなきっかけでコーチになろうと決心したか、自分独自の哲学がどう構築されたかについても言及したいと思います。 私のコーチング哲学の中心となるのは「固定概念転覆主義」です。つまり私の最大の目的は固定概念(前提となるもの・考え・いわゆる常識)を転覆させることです。それはなぜかというと、我々が抱えている問題の多くが実にこれらの固定概念によるもので、問題を違う角度から見つめてみると新たな可能性や解決法が自然に見えてくると考えているからです。 では、私が「固定概念転覆主義」に至った経由について述べたいと思います。 私は22歳まで固定概念に囚われ、多くの失敗を体験してきました。高校までの進学においても自分の本当にやりたいことは何かと考えるよりも皆はどうするか、自分な何を期待されているかと考えたばかりです。男だから経済学や法学に進むといいし、外国語の選択も常識任せでした。 自分強みや興味よりも世間や親が望ましいと思ったことに従って、何の疑問も待たずに服従してきました。自分はがんばっているつもりでしたが、成績が下がる一方で、学業以外の活動でも壁にぶつかり続きました。失敗を繰り返しながら自信を無くし、いつのまにか自分が何をやっても失敗することになるだろうと信じ始めたのです。
留年してから何とか気を取り直して、高校を卒業することができましたが、将来はどうするか、全くわかりませんでした。でも正直に言えば、夢がなかったことは不安に思わなかったのです。その理由はやはり固定概念任せにあったからです。高校を卒業したものですから、先ずは軍隊に入って、兵役(ドイツでは義務教育や高等教育を終えた男子に兵役の義務があります)を終えてから就職をすればいいだと思いました。就職に関しては何十社にエントリーシートを送り出し、受かったとこるに就職すればいいとの単純な考え方でした。 2000年に高校を卒業し、すぐにドイツの陸軍に入隊しました。軍隊の仕事が気に入って、兵役期間を延長できるように、一般兵になることにしました。そのために特殊部隊に配属されて充実した日々が続きました。2001年にコソボ紛争が再び過激化し、隣国のマケドニアにもコソボの市民軍が侵入し、戦闘活動やテロが行われました。NATOやアメリカの要請や圧力に応え、ドイツの国会が憲法を改正し、その結果私の部隊もついにコソボに派遣されることになりました。 世界対戦や現在のイラクやアフガニスタンの状況と比べればコソボでの活動を「戦争」に例えてもいいかどうかはわかりませんが、私個人にとってコソボでの日々は戦争そのものでした。乱射事件、テロ、地雷、爆弾、死体、破壊...それらの体験は正に戦争でした。戦場での体験に耐えられなかった兵士も多くて、自殺を図った者もいました。
ある日、状況が激変しました。戦犯の逮捕命令が出て、地域の安保が一気に悪化しました。任務の最中に町で騒動が起きて、大勢の民衆に囲まれてしまいました。石や瓶を投げられ、どこかの建物から撃たれた始末になった。アメリカ軍のヘリが応援に来ましたが、撤退中に爆弾に飛ばされてしまいました。幸いに軽傷で済みましたが、倒れた瞬間にこれで殺されるだろうと死を覚悟しました。運良く助けられましたが、地面に倒れて、自分の血を見た瞬間に「今の自分」が生まれたと思います。 あの瞬間、これで死ぬんだなと冷静に思ったのです。死ぬこと実態は怖くありませんでした。むしろ「こうなって当然だな」と思いました。人間が死を迎えるときに自分の人生が映画のように目の前に流されているとよく言われていますが、私の場合は違いました。頭の中に「何のために生まれたんだろう、何のために生きていただろう」という問いしかなかったのです。 答えなかったことは、自分の人生が無意味だったことを意味にしました。この事実に悟った瞬間に今まで感じたことのない恐怖に襲われました。死ぬこと実体よりも自分の今までのもったいなさが怖くて、頭でコンクリートの壁を突破するような感じがしました。 幸いに助けられ、徐々に回復しましたが、「何のために生きていた」という問いになぜ答えられなかったかをずっと考えていました。そしてようやく自分の今までの人生を客観的に眺めるようになりました。そこで気がついたのは次のようなことでした。 今までの人生の主役は自分自身ではなく、自分は固定疑念、常識や他人の期待に囚われ、自分自らが人生の選択肢や可能性を限定したとわかりました。もしもっと早く自分と世間の固定概念に気がついたら、常識以外の道が切り拓けたはずでした。 この時点から常識を捨てることにしました。世間の反対を気にせず自分なりの人生を歩み始めたのです。おかげに日本留学も決意できましたし、常識通りの就職よりも異文化やコミュニケーション学の研究に励むことができました。固定概念や常識を横に置けるようになってから、目覚しい変化が起こりました。昔からの否定的な人生観が楽観的になり、生きること実体の喜びが感じるようになりました。 周りにいる人が何らかの悩みを抱えたら違う角度から問題を考えたり、常識を疑ったりするように促しました。多くの場合に視点を変えた方が問題を解決し、悩みを強みとして捉えることによって成功しました。徐々に私のところに相談をしに来た方の数が増え、コーチングを知る前にコーチとして活躍しました。次第に相手の成長や成功に喜びを覚え、人生の新たな目的ができました。 それはやはり人々の視点を変え、固定概念を転覆させることによって多くの人々を成功に導きたいことでした。最初はコミュニケーション学や心理学を通してこの目的を実現しようとしましたが、コーチングの本を読んだこときっかけでコーチング手法を学びました。結局コーチングはコミュニケーション学や行動心理学が生み出した理論の応用編に過ぎなかったため、わざわざコーチになろうと思いませんでした。 ビジネス界を重視したコーチングばかりで人々は幸せになれないし、売り上げ向上のためのみにコーチとして努めるのももったいないと思いました。ですが、異文化コミュニケーションの研究に真剣に取り組んだところ、得られた知識をどうすれば役に立たせるかを悩み始めました。この頃SIETAR異文化コミュニケーション学会でコーチングのワークショップに参加し、コーチとお話することができました。このワークショップをきっかけに異文化コミュニケーションやコミュニケーション学をコーチングや自分の体験を融合させれば、すごいものが生まれるに違いないと確信しました。 この確信からコーチングのスキルを学んで、コーチとしての活躍を始めました。パーソナルコーチとして更なるスキルを習得するために日本のコーチング資格も取得しました。これからも様々の資格を取り、多くの学会に属することによって学び続けるつもりです。 私のコーチングの原点は戦場での人生に対する反省で、「固定概念転覆主義」に至ったわけです。この「固定概念転覆主儀」を活かし多くの人々を成功に導きたいと思います。視点を変えることによって人生観が肯定的になり、囚われずに自由な発想で人生に挑戦することができるようになります。物理的な成功が多くの場合についていきます。しかし、最終的に人間の心を自由にし、自分なりの人生が歩めるようにサポートをしたいと思います。 随分話が長くなりましたが、以上で私のコーチとしての独自の哲学を紹介させていただきました。教育商品としてコーチングを学んだコーチとは違うものになっていますが、実証された成果を信じ、単なる目標達成のためのコーチングよりも固定概念の転覆は成功や幸せのカギになると自信を持って断言いたします。 |